私の命を認めるまで―詩と赦しの備忘録―

お試しでブログはじめてみました。普段はnoteで恋愛詩や生きる苦しみを描いた詩などを投稿しています。不定期でこちらにも詩を投稿していく予定です。よろしくお願いします。第18・21回「文芸思潮」現代詩賞一次選考通過。

「恋愛とは」

 

「恋とは何なのだろうか」

私は最近考えている。他者を抱きしめたくなる気持ちか。それとも他者を壊してやりたくなるほどの執着か。私にはまだ分からない。

 

だからこそ、まだ考えている。

 

「愛とは何なのだろうか」

他者に幸せを押し付けること?それとも他者を思いやって動かないことか。どれも正しくて間違っている。だからこそ「苦しい」と知ってしまった。

 

「好きって何だ?」

そもそもこの胸の高鳴りはなんだ?単なる性欲か。それとも君の全てを理解したいと願う祈りか。「それ」が間違っているってどうして言えるの?

 

「知りたくて仕方がない」

狂うように胸が叫んだ。君の姿をただ探す。それだけか?共感したいのかすら分からなくなってくる。

 

「どうして君はああ言ったのだろうか」

君の一言だけが私の銀河を巡る。返信が一日返ってこない。ただそれだけで私の肉体すらもブラックホールの向こうへと堕ちる。

 

「......仕方ないか。」

君という人間を受け入れたくて、私は自分の苦しみを受け入れた。

 

いつか振られる事も知ってるよ。

 

ただ、もう少しだけ感じていたいんだ。

 

君と共有したはずの、あの月の明りを。

 

 

製作:2025 11/18

写真:高知県 桂浜

「命の価値」

 

早朝

 

思い出を歩く

路上の光

 

片隅にある

暖かな記憶

 

あの故郷が

寂れていく

 

都会でも

 

田舎でも

 

大人になったら

 

あの景色は

もう見れない

 

焼き付いた

フィルムに

 

残るだけ

 

優しい

風が吹く

 

親しんだ

公園のベンチ

 

腰を下ろして

思いを馳せる

 

過去を生きて

 

今を生きて

 

そして

 

未来に生きていく

 

私達の記憶

 

初めて

 

友達と遊んだ

あの日も

 

初めて

 

自転車に

乗れたあの日も

 

初めて

 

転んだ道端で

泣いたあの日も

 

きっと

 

普遍的な

僕らの記憶

 

命の価値は

生きること

 

誰かに残る

記憶の欠片

 

大それた物じゃ

なくてもいい

 

大したことも

出来なくていい

 

生きて

 

幸せを

謳えたなら

 

きっと

 

大人になって

 

 

帰省した故郷を

巡ってみたり

 

 

昔ながらの

食事をしたり

 

 

祭りの会場で

花火を見たり

 

深夜

 

懐かしい

ゲームの

 

リメイクに

触れたり

 

それだけで

いいんだ

 

それで

 

きっと

 

この先の未来に

期待できる

 

だから

 

目を瞑る

 

今の私は

 

確かにそう

信じているから

 

(写真:香川県直島町某所)